【戦い続けた男】Success Story01

「オーイ、先生。ホテル直したい人がいるでー。」
ラブホの社長から電話が掛かった。

待つ事20分、ガタガタの軽トラックに乗ったおっさんがあらわれた。
戸惑いながら名刺を差し出すデザイナーに
「わしは名刺はもっとらんでナー。」

Iデザイナーは頼まれたラブホの改装工事を手馴れた感じで完成させた。
これがその後20年にもなるお付き合いの始まりだった。

しばらくするとおっさんがビジネスホテルを作ると言ってきた。
このおっさんは駅裏でまかない付きのきちん宿もやっていて、それを売ったお金で作るという。
地方ではまだまだほとんどビジネスホテルは見かけない時代だった。

それでも見様見真似で20室3階建てのビジネスホテルが完成した。
ここからがこのおっさんの大勝負の始まりだった。

しばらくすると今度は60室の本格的なビジネスホテルをつくるという。
Iデザイナーにとっては嬉しい大仕事だ。
丹下健三か黒川記章になった勢いで燃えに燃えプランを考えプレゼンテーションをした。
プランは円筒状の建物で、2階のレストランは道路にせり出すように曲面を描いたものだった。
ただそれを見たおっさんは
「うーん。」
と言ったきり言葉も出ない。
奥さんもまるで”は虫類”を見る目付きだ。

しかし2、3日すると
「目立っていいじゃない。進めといて。」
と簡単な電話が入った。

ただ、設計が終わってもなかなか着工できなかった。
さすがに今回は迷いに迷っているらしい。
何億もの投資になるしこんな田舎で60室のビジネスホテルが成り立つかどうか迷うのは当然の事である。
それでもその年の暮れついに着工し、ラスタータイルに光り輝く7階建て60室のホテルがドウドウと完成した。

しかし、市長までもが駆け付けた華やかなオープンセレモニーとは裏腹に客足はさっぱりだった。
宿泊客が15~20人の日が1ヶ月、2ヶ月と続く。
半年を過ぎるとさすがにおっさんももう駄目だと思ったという。
しかし嬉しい事にそのころからリピータ-が増え始め、お客がお客を呼びみるみり満室の日が普通になっていった。

しかし本当の戦いはこれからだった。
目と鼻の先に大きなシティーホテルがオープン。
そしてもっと恐い大物もやってきた。
全国チェーンのGホテルである。
もうメチャクチャな過当競争だ。
その上今やバブルもはじけ客数も減っている。

しかし70歳になろうとするおっさんがまたまた勝負に出た。
あのラブホも住宅用地も売り払い、街一番のビジネスホテルを作るという。
今やおっさんはホテル経営のプロ。
Iデザイナーもその後設計のチャンスに恵まれていて、ビジネスホテルのノウハウを知り尽くしていた。

やがて最後の大勝負を掛けたホテルが完成した。
広い駐車場、温泉付きの大浴場、駅に一番近い。
もうおっさんのホテルだけが独り勝ちである。

ただ完成までにはTVドラマ以上のドラマが待っていた。
工事にかかろうという時に、あの奥さんが入院してしまった。
ガンである。
手遅れでもう3ヶ月ももたないという。

さすがのおっさんも落胆しホテルは中止だと言い出した。
暗い日々が続いた・・・。

しばらくしておっさんから工事を始めるという電話がかかってきた。
奥さんが完成したホテルを見たいと言ったそうだ。
設計変更をし、奥さんの為の日当たりの良い和室とガーデニングの出来る広いベランダを追加し工事は急ピッチで進んだ。
おっさんは必死でガンと戦った。
アガリスクから漢方薬。
そして動けない奥さんを背負い東京の病院までも出かけた。
出来る事はすべてやった。

そして工事は完成した。

しかし完成した日当りの良い和室やベランダに奥さんの姿は無く、変わりに写真が置かれている。
それでもおやじさんは日々満足顔である。

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